この照らす日月の下は……
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モニターに映っているのはカナードとカガリ、それにラクス・クラインの三人だけだった。なぜかキラの姿はない。
それはどうしてなのか。
そう考えながらギナはミナが口を開くのを待っていた。
『お前達だけか?』
『ここには怖い人がいるので来たくないと言われたので、他の子供達はおいて来ました』
そう言いながら彼は脇にいるブルネットの女性士官へと視線を流す。
『……そうか』
ミナの声が微妙に低くなる。その意味がわかっているのだろう。カガリが少しほほを引きつらせた。それでも、自分に向けられているものではないとわかっているからましなのだろう。
『わかった。早々に迎えを差し向ける。何人だ?』
確認しているのか。カナードが一瞬考え込むような表情を作った。
『キラの友人が四人、俺たちが三人で七人か。それとラクス嬢だな』
『そうか。では、受け入れの準備をさせよう。かまわぬな?』
最後のセリフは地球軍に対するものだろう。
『もちろんです』
『大尉! それは……』
『かまわないでしょう? どのみち、あちらに引き渡すのだもの。どの艦から移動させようと同じだわ』
艦内にザフト兵を招き入れることを考えれば、ラクスには手間をかけることになるがその方がいいだろう。彼女はそう続ける。
どこか頼りないところもあるが、彼女はしっかりと状況を把握できているらしい。そして、できるだけ公平に物事を判断しようとしているところも好ましいように思える。
それに比べるとあのブルネットの女士官は問題ありだ。
セイランあたりならばそれなりにうまくやれるのかもしれないが、それはそれで厄介事が増えるだけのような気もする。
だが、今優先すべきなのは、やはり子供達を早々に安全な場所に移すことだろう。
『安心せよ。我らは約束は違えぬ』
自分たちがこの場にいる以上、ザフトに攻撃はさせないし、逆もまたしかりだ。その代わり、必要な援助は行う。姉の言葉は不本意だが、この場では必要なことなのだろうと割り切ることにする。
「キラを傷つけるものに慈悲など必要あるまい」
それでも今は妥協するしかない。ギナはそう付け加える。
『そちらもそれでかまわぬな?』
『いろいろと思うところはありますが、最優先すべきなのはラクス嬢の安全です。妥協しましょう』
ラウが即座にそう言い返した。そのまじめくさった声音に苦笑しか浮かばない。
いったい、どのような表情でこう言っているのか。
あの仮面を引っぺがしたいと思っているのは自分だけではないはずだ。ギナは心の中でそうつぶやく。
あるいは、それもあってカナードはキラをおいて来たのかもしれない。あの子は腹芸とは無縁だからな、と付け加えた。
『では、こちらからランチを送る。カナード、よいな?』
『わかっています。荷物はありませんからね。いつでも大丈夫でしょう』
『了解した。ギナを行かせる故』
無難な判断だと思う。しかし、だ。
「その前に双方とも部下を母艦に戻すように伝えてはくれないか?」
万が一のことがあっては困る。言外にそう告げた。
「もちろん、我らにではないぞ。お互いに攻撃しかねないのではないかと愚考するまでよ」
上にそのつもりはなかったとしても下の連中が間違って攻撃することはあり得る。そう続けたのは、半分嫌みだ。
『なるほどの』
確かにうかつなものであれば間違えることはあるかもしれんなぁ、とミナもうなずいて見せる。それが演技だと見破ることができる人間はどれだけいるだろう。
『もっともな意見だが、かまわぬか? 我らとしては、民間人の目に悲惨な光景を映させたくないからの』
ミナの言葉をどう受け取ったのかはわからない。だが、すぐに双方とも部下を引き上げさせていた。
『これでよかろう。ギナ?』
「わかっておる」
言葉とともに彼もまたアマノトリフネと戻る。
「さて。あの子が笑っておればよいが」
そうでなければカナードをしごく。そう思いながらギナはランチへと乗り換えた。
カナード達が戻ってくるまでに少し時間がかかったのはどうしてなのだろう。
「兄さん」
呼びかける声に不安がにじんでいたのだろうか。カナードが優しい視線を向けてくる。
「大丈夫だ。ギナ様が迎えに来てくれる」
後は彼らに押しつければいい。そう言いながらキラの髪をなでてくれた。
「ギナ様が?」
「ミナ様も一緒だからな。ギナ様が暴走しても大丈夫だ」
カガリのその言葉に思わず苦笑が浮かぶ。
「それは言い過ぎじゃないかな?」
ギナは暴走するようなことはないと思うが、と言外に告げる。
「……お前が知らないだけだ」
即座にカガリがそう言い返してきた。
「ともかく、デッキに移動するぞ」
早めに移動するのが一番いい。カナードは即座に指示を出す。
「ラクスは?」
「わたくしも一緒ですわ。その後でザフトの船に移動することになるでしょうが……」
あと少しは一緒にいられる。そう言われて少しだけ安心した。ここに彼女を一人で残すのだけが心配だったのだ。
「この艦が移動したところでザフトから迎えが来ることになるだろう。だから、一日ぐらいは余裕があると思うぞ」
「よかった。もう少しキラの小さな頃の話を聞きたかったの」
フレイがそう言って笑う。
「それなら、あの双子の秘蔵の写真も出させよう。小さなキラがかわいらしい格好をしているときのがあるぞ」
カナードがそう言ってくる。
「それは是非とも見ないといけないわ」
「そうですわ」
「さすがに今はキラを着せ替えて遊べないものね」
三人はそう言いながらうなずいている。
「そんなの、見なくてもいいのに」
カナードが口にした写真というのは、間違いなくアマノミハシラにいたときのものだろう。あの時の服はミナとギナの趣味に走った服を隔日で着せられていた。はっきり言って、自分でもあれはないと思えるようなものばかりだ。
いくら友人でもあれは見られたくない。
「そういうわけで、さっさと移動しましょう!」
それでもフレイとミリアリアが楽しそうにしているのはこの艦に乗り込んでから初めてだ。そう考えれば、少しは役に立っているのだろうか。
それでも、とため息をつくしかない。
「あきらめろ」
カナードはそうささやいてくる。
「元はと言えば、兄さんのせいじゃないか!」
反射的にキラはそう叫んでいた。